5. 全ての出来事は、偶然と意識の遭遇により
  現実化したものである

今起こっている出来事は、全て必然の中から生まれたという考えを持っている方がたくさんいらっしゃいます。
悪と善が引き合っているわけではなく、起こった出来事が全てお互いの引き合いから起こったわけでもないのです。
神妙に計画され、コントロールされ、悪の大いなる力により導かれることもたくさんあります。
自分の意識がそうさせたわけでもないのです。
たまたまその場で、コントロールされた意識の中に遭遇してしまったにすぎないのです。
それを偶然と考えた方がつじつまが合ってきます。
計画性を持って意識を繋ぎ、起こる出来事が必然と考えるのが正しいでしょう。
そうでないものは、偶然と考えた方がわかりやすいのではないでしょうか。
例えば、殺す人と殺される人が必然的に出会い、お互いが引き合うことにより起こる現象だという考え方は、大変大きな間違いを意味します。
何故なら殺そうとする人の意識は、自分自身の中から生まれるものであり、それを現実化しただけにすぎないからです。
殺されてしまった人は、偶然その場所に居合わせただけの場合もたくさんあるのです。
特に戦争などはそうです。
中には、恨みを買うなど、それを引き寄せる場合もありますが、そうでない場合は相手は誰でもよかったはずなのです。
また、必要な人が生かされ、死んで行く人は必要でないかという考えも大変大きな間違いを意味します。
過去の歴史の中でも、その人が生きていたならば今の地球の在り方を変えるような素晴らしい人たちが何人もこの世を去っています。
陰謀という悪の手に落ち、消されてしまったのです。
あくまで悪を容認するために引き合い理論や必然理論が存在しているのです。
早くそれに気づいてください。
大いなる悪により、洗脳され続けているのです。
殺される人がいけないのではない。
もちろんそれを誘発した場合は別ですが、罪もなき人がそうなるのは絶対許せない悪が存在するからです。
未来の地球がそうあってはいけないのです。
またはそのような考え方が未来の地球にあってはいけないのです。
死はあくまでも、その人の中で起こる現象であり、必要性・不必要性そんなことは何の意味もないことなのです。
あくまで一つの結果に過ぎないのです。
それをどう思うかは、本人以外の判断に委ねられるからなのです。