10. 悪口と注意

 何か人に自分の欠点を言われると、とても嫌な気持ちがします。自分が間違っていると気づいていても、それを人に言われると、腹が立ってしまいます。
 自分の中で他人からのメッセージや警告を受け入れることができるならば、それはありがたい注意として認識できるのですが、もしそれを受け入れることができなかったならば、単なる悪口としか聞こえないのです。
 心がもっと強ければ、それを受け入れ、自分を変えようとします。また、間違いを正そうとするはずなのに、悪口と捉えてしまったならば、今を変えたり、正そうとする考え方すら生まれてきません。逆に、その人を憎み、嫌ってしまうことすらあるのです。
 面と向かって、言ってくれる人は本当はとっても大切な人のはずなのです。よく『言われなくなったら終わるよ』という言葉がありますが、その通りかもしれません。
 心にゆとりがあるならば、注意とし受け止め、ありがたい意見として自分を変えることができるのです。もし理解できない点があったなら、否定するのではなく、知的に保留すれば、いつか役に立つこともあるのです。
 楽な道を進むよりも、ちょっとだけ険しい道を選ぶことも勇気があればできるはずです。ぜひこれからは、悪口と捉えず、注意として捉えることも必要かと思います。
 できるだけ言ってくれる人を大切にしましょう。
 自分からは自分が見えません。人と言う鏡を通して、初めて自分が見えてくるのです。その鏡となる人を、そして間違いを教えてくれた人に感謝しましょう。そこから逃げないで強くなってください。後は勇気だけです。
 注意を悪口だと捉えてしまう人は、注意しない人を良い人だと勘違いしてしまいます。
 そして、騙されることもよくあるのです。
 注意しないで、にこにこしている人が良い人とは限らないのです。本当は分かっているはずです。
 ただ、認めたくなかっただけのことなのです。