29. たくさんの命を食べて私たちは生きている

 今日の食事が美味しいとか不味いとか、もうお腹一杯だから残してしまおうとか、勝手なことばかり言って、生きていませんか。その、料理の中に、どれだけの命が存在してたのでしょうか。野菜、魚、お肉に果物、そこにはたくさんの命があります。でも、その物ばかり見てもダメなのです。
 たとえばお肉、それが牛肉だとしましょう。牛は大きくなるまでに、どれだけたくさんの植物の命を頂いて育ったのでしょうか。そんなふうに考えると、お肉一切れの中にだって、たくさんの命が関係していったことに気づくと思います。
 一回の食事に、数億・数千億という命が関与し、今、目の前に現れているのです。
 たくさんの命を食べて生きているのに、私たち人間は、その命に本当に深く感謝したことがあったのでしょうか?
 わがままや身勝手な心で、感謝するどころか、批判していたのではないでしょうか。そんな心を改め、食べてきた命を大切に思い、逆にその命たちに何かしてあげられることはないのかと思いませんか。
 人間、一人一人の命は、たくさんの命の塊なのです。必要でない人間なんかいるはずがないのです。みんな何らかの意味を持って生きているはずなのです。
 そんなことを、少しだけ考えてみてはいただけないものでしょうか。
 そうしたらもっと、自然を大切にできるはずです。食物連鎖の頂点に人間がいる以上、目の前のほんの小さな草花だって、人間のために存在しているのです。そう、全ての命は、人間のためにあるといっても過言ではないのです。
 もっと謙虚にそれを受け止め、生きていけたらと願っております。
 人間のためだけに生まれ、人間を生かすために食べられて死んでいく命がどれだけあるのでしょうか。豚も牛も鶏も養魚もみんな、人間に食べられるために生きているのです。だからこそ人間は、役割を持っているはずなのです。この地球で。