49. 人の死はサイクル

 人間の体を、三位一体型と言います。三位とは何を表すのでしょうか。
 一つの考え方として、身体・霊体・魂と考えると、つじつまが合ってきます。
 わかりやすく言うと、三次元の肉体、六次元の霊体、九次元の魂、それが一つとなり、人間というものを作り上げています。だからこそ、三つの位が一体化されたことが、とても素晴らしい出来事と言えるでしょう。
 そういった考え方から、人間の死を創造した場合、死はあくまで三次元の肉体の崩壊にすぎなく、霊体や魂には関与しない出来事と言えるでしょう。花が咲いて、種をつけ、秋に枯れていくように、それは誰も花の死とは思っていないでしょう。あくまで、自然の中に起こるサイクルにすぎないのです。木で言うと、紅葉になって、大地を彩るのが肉体で、幹が霊体で、根が魂の様なものだと考えると分かりやすいかもしれません。
 よって、肉体の死は、人間の死ではない。そう考えることができるのは、日本人独特の考え方なのです。諸外国では、死んだら全ての終わりと考えています。もちろん、仏壇もない国もたくさんあります。むしろ、そういった考え方の方が一般的なのです。
 日本人だけが独特の考え方をしているのかもしれません。だからこそ、大義名分で切腹をすることができるのです。日本人以外の民族で、切腹できる民族はいないといわれています。
 日本人だからこそ、三位一体理論を容認し、霊体の教育により、肉体への変化をもたらすことができます。もっとわかりやすく言うと、肉体が車で、霊体が運転手と言うことになります。運転手の教育が車の操縦に欠かせないように、霊体の教育が肉体の操縦には欠かせないのです。逆に、この考え方からするならば、三位を分けて考えれば、たやすく解決することもたくさんあるのです。病気や悩みや欲望もこの三位が三位一体だからこそ起こる現象なのです。一度、分けて考えてみてはいかがでしょうか。
 そして、整理してみてはいかがでしょうか。不必要なものがはがれ落ち、清々しく思えるかもしれません。