68. 寂しさを隠して生きる

 人は一人では生きていけないのでしょうか。そんなことを深く追及していると、逆に、「なぜ二人以上なら生きていけるのだろう」そう考えを変えてみると、二人以上の定義が生まれてきます。
 一人だといらないものが、二人以上だと必要になるものが、言葉です。言葉は、自分を表現することのできる最もたやすい方法の一つです。
 そして相手を理解するために、必要不可欠なことがらです。その他に、身体と身体が触れ合ったり、周りに人が居てくれることによる安心感が得られたり、寂しさをかき消すために恋をしたり、人に出会ったり、会話をしたり、楽しくふるまったりすることがよくあります。全ての人々に、心の奥底に、一人では生きていけない寂しさを抱え込んでいるのです。
 言葉にはしないが、誰もが持っている、それは原則のようなものなのです。
 いかにそれをうまくつくろい、そして相手の同じ感情を理解した上で、優しく振舞い、自分に返ってくる意識を楽しみながら生き続けているのです。誰もがもっと素直に、その寂しさを隠さず人と接したならば、もっと人間同士は分かり合えるはずなのに、そうできない現実が存在しています。なぜなら、そこに付け入る罪悪的な意識が方々に存在し、手ぐすね引いて待ちかまえているのも現実なのです。そこから自分を守るために隠さなければいけないなんて、人間は罪深くできているのでしょうか。本当に素直に、心を表現し、分かり合える時代がもうすぐやってきます。
 未来の地球は、寂しさを隠さず、生きていけるはずなのです。豊かな心の持ち主たちは、全ての寂しさを抱え込みながら、和みの世界へと導いてくれることでしょう。