73. ストーリーは全て決まっていた

 全てを自由に振る舞い、たくさんの人々がいくつもの想いの中で、何の妨げもなく日常生活を送っています。何の法則も存在しない当たり前の中で、悩み苦しみ、喜び笑い、生と死を行ったり来たりしているように思われがちです。果たしてそうだろうか。
 生まれたらすぐに社会に管理され、その管理の中で、決められたストーリーをただひたすら歩んできたのすぎないのかもしれません。そこから逃れようと、自由を求めてきたのに、どこまで行ってもその自由は存在しません。
 自分以外の社会に、必ずそこにはある、その秩序を経験として社会性を重視しながら日常生活の中でそれに流されながら生きてきたにすぎません。自由発想が存在しないのは、自由経験の無さから、生まれてこない現実の法則なのです。
 社会を重視した中で、生きることに苦痛を覚えたならば、人々は必ず自然へ還ろうとします。肉体的な本能の中で、自然との融合がもっとも自由への関心となるでしょう。
 やはり人間は自然がそこにあることを感じ、自然と共に生きることが最も相応しいはずなのです。その中にしか、本当の自由は存在しません。そして、その自然の中で生きることの厳しさと、自然を守る大切さを認識することでしょう。必ず還ってきます。なぜなら、ストーリーは全て決まっているからです。
 この自然に還ろうとするストーリーも、決められた法則の一つにすぎないのです。しかし、決められているからと言って、不自由だということにはなりません。大自然は、無限の方向性と無限の寛大さを持ち合わせているからです。全て自分からの発想により、生活することが可能となるのです。
 新しい地球は、そういった人たちが戻る唯一の場所であります。優しく包み込む地球に深く感謝し、私たちは、明るい未来を創造することが可能となりました。