87. 2016年に照準を合わせて

 2012年が大いに騒がれていますが、私たちはその照準を2016年に合わせています。確かに2012年は、マヤ暦が表すような危機的な事態を現すことは大いに秘めていますが、それは始まりにすぎません。アセンションや高次元化も必要不可欠なことであることは間違いないでしょう。
 しかし、そのタイミングを間違えては、何の意味もないのです。ゼロ次元の発見により、容易に高次元化は行われようとしていますが、その照準をどこに合わせるかがここでは大きな問題となるでしょう。フォトンベルトやニビルといった未知の遭遇は、私たちの想像をはるかに超え、この地球に多大な影響を与えることは間違いないと思われます。
 ところがそれは、かつてこの地球が何度も遭遇した地球洗礼の儀式にすぎないのです。その度にこの地球は何らかの変化と共に、意識の向上が図られてきたはずなのですが、3600年前の現象については、未だ解明されず、現地球人の能力の無さを露呈することになっています。
 確かにその記憶は破壊され、今回起こる現象に有効利用することは不可能であるように思われますが、倭民族の遺伝子に書き込まれた当時の記憶をたどれば、その解決方法はたやすく見出せるかもしれません。そして、その記憶をもとに計算し、最も有効的な年号が2016年なのです。
 それは2014年から始まり、私たちは少しずつ、この起こりうる現象がただ事ではないことに気づきます。自然現象とクロスするように現れる、意識現象が私たちを恐怖へと追いやることは間違いないのです。
 しかしここで大事なことは、現実と非現実をいかに見極めるかということなのです。この時、肉体がないと思えば、それは死を意味し、そちらの方向へ導かれてしまいますが、肉体を意識し、現実へと導かれるならば、未来は存在し続けます。
 これから起こりうる現象を理解しているか理解していないかが、大きな分かれ目となるのです。学ばなければいけません。これからの未来をどう生きるか。そして、起こりうる現象全て受け入れなければならないのです。
 未来に生きるために。今が最も大切な時なのです。